戦前まで日本人の死因の1位は「結核」でした。
国語の物語文や、日本史などで出てくるので、知識として知っておいた方が
良いです。「結核」についてまとめました。
「結核」について
| 項目 | 戦前(明治〜昭和初期) | 戦後(現代まで) |
| 呼び名 | 「不治の病」「亡国病」 | 「治る病気」 |
| 主な治療法 | 特効薬がなく、「安静・栄養・日光浴」が中心。ひたすら寝て体力を回復させるしかなかった。 | 「抗生物質(飲み薬)」。ストレプトマイシンなどの発見により、薬で菌を退治できるようになった。 |
| 予防方法 | ほとんどなし(手洗いやうがい程度)。 | BCGワクチンの接種が普及し、免疫をつけられるようになった。 |
| 見つかり方 | 重症化して血を吐く(吐血)など、ひどくなってから気づくことが多かった。 | 胸部エックス線検査(検診)で、自覚症状がないうちに見つけられるようになった。 |
| 社会の反応 | 非常に恐れられ、家族に患者が出ると差別されることもあった。 | 正しく治療すれば社会復帰が可能になり、偏見も少なくなった。 |
| 死亡率 | 日本人の死因の第1位。若者もたくさん亡くなった。 | 順位は大きく下がり、現在は高齢者が中心。 |
結核は「結核菌(けっかくきん)」という、とても小さくて強いバイ菌が、
体の中(主に肺)に入って悪さをする病気」です。
最初は風邪とよく似ていますが、なかなか治らないのが特徴です。
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セキがずっと続く(2週間以上)
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たんが出る
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体がだるくて、熱が出る
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体重が減ってしまう
結核(結核菌。当時は「労咳(ろうがい)」と呼ばれていました)は、
今でいう「インフルエンザのようなうつりやすさ」と「ガンのような治
りにくさ」をあわせ持った、最強にこわい病気でした。
戦前は不治の病(なおらない病気)でした。
咳(せき)からうつる(空気感染)ので、近くにいるだけで感染の危険
がありました。
戦前は日本人の死因の1位でした。
戦後(1940年代後半)、特効薬(抗生物質)ができて、一気に結核は治る
病気になりました。
ただし、逆に言うと、戦前は、結核は恐ろしい病気で、若くして亡くなった
人の多くが結核でしたので、そういった「時代感覚」を持っているのは
大事な事です。
結核で亡くなった有名人
有名人もたくさん結核で若くして死んでます。
樋口一葉とか高杉晋作とか沖田総司とか。
| 名前 | 職業・肩書き | 没年齢(満) | 補足 |
| 沖田 総司 | 新選組 一番隊組長 | 24〜26歳頃 | 幕末の天才剣士。池田屋事件の頃から発症していたと言われています。 |
| 高杉 晋作 | 幕末の長州藩士 | 27歳 | 奇兵隊を創設。明治維新を見届ける直前に病に倒れました。 |
| 樋口 一葉 | 小説家 | 24歳 | 五千円札の肖像画で有名。『たけくらべ』などの名作を残しました。 |
| 正岡 子規 | 俳人・歌人 | 34歳 | 脊椎カリエス(結核菌が背骨を侵す病気)に苦しみながら、近代俳句を確立。 |
| 石川 啄木 | 歌人・詩人 | 26歳 | 『一握の砂』で知られます。貧困の中で家族全員が結核に苦しみました。 |
| 夏目 漱石 | 小説家 | 49歳 | 直接の死因は胃潰瘍ですが、若い頃から結核を患い、長く闘病していました。 |
| 堀 辰雄 | 小説家 | 48歳 | 自身も結核で、サナトリウム(療養所)での体験をもとに『風立ちぬ』を書きました。 |
| 中原 中也 | 詩人 | 30歳 | 結核性脳膜炎により亡くなりました。独特のリズムを持つ詩が人気です。 |
| フレデリック・ショパン | 作曲家・ピアニスト | 39歳 | ポーランド出身。「ピアノの詩人」。長年、結核による体調不良に悩まされました。 |
| モディリアーニ | 画家・彫刻家 | 35歳 | イタリア出身。結核性髄膜炎で亡くなり、その翌日に愛妻も後を追いました。 |

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