大化の改新(645年)以来、古代の土地制度をまとめました。

「土地制度」は、国・国民を管理する基本となるので、その後も

ず~~~~っと続きますからとても大事です。

 

古代土地制度まとめ(公地公民→三世一身法→墾田永年私財法)

公地公民(646年)→三世一身法(723年)→墾田永年私財法(743年)

 

公地公民(646年)

大化の改新11→改新の詔(646年)11で孝徳天皇11が難波宮11で

「公地公民」を宣言。

土地・人民を朝廷が直接支配しますという事。

「土地与えるけど税金(年貢)取る」

のやり方がうまくいかなかった・・・・

 

三世一身法(723年)

墾田(こんでん)11:未開の土地を開墾した田地

奈良時代になり、公地公民がうまくいかないので、

722年に

百万町歩開墾計画(ひゃくまんちょうぶかいこんけいかく)10:口分田不足を補う

 

長屋王の時に、「半分公地公民」のような

三世一身法(723年)11(さんぜいいっしんのほう)を実施。

開墾したら3世代の土地私有が可能になる!という制度だったが、

3世代目に逃げるなど、これもうまくいかない・・・。

墾田永年私財法

(出典:『学習漫画 少年少女日本の歴史』小学館)

という事で、墾田は永年(永久)に私財にしていいですよという法律を

出す。それが、

743年墾田永年私財法11:墾田の永久私有を認めた→有力者が私有地広げる→初期荘園10

(聖武天皇・橘諸兄の時代)

私有地になったので、権力者(金持ち)が農民に土地を耕させて私有地を広げた。

その貴族の私有地ガードマンが侍(さむらい)・武士の始まり。

いずれにせよ、農民は苦しく、口分田11を捨てて、浮浪9(本籍離れるも所在は明確)、

逃亡11(行き先不明で租・調・庸を納めない)。荘園に流入した農民多数。